『江戸しぐさ』ってお聞きになったことありますか?
10年ほど前から公共広告機構が江戸しぐさを紹介するポスターを車内マナーの向上に使ったり、学校でも道徳の時間に導入されたりしているそうなので、ご存じでしょうか?
江戸しぐさは、政治や経済の中心であった江戸で、互いが気持ちよく共生するために築き上げられた人付き合いの極意であり、そのための立ち居振る舞いであったようです。
例えば・・・、
すれ違う際に肩を後ろに引いて互いにぶつからないようにするしぐさを『肩引き』
雨の日は傘を外側にすっと傾け濡れないようにすれ違う『傘かしげ』
後で来た人のため、こぶし分だけ腰を浮かせて席を詰める『こぶし腰浮かせ』
なんていうのがあります。こんな名前がついていたのは知りませんでしたが、これって自然にやっていたことですよね。江戸で育っていなくても、身近な大人たちから学んできたことで、なんだ、そんなこと?と思いきや、これらは江戸商人の子弟なら三歳から九歳までにマスターする『稚児しぐさ』『お初しぐさ』というものだったそうです。つまり、まだ入り口でそんなことは常識だったようですね。
他にも、トラブルを事前に察し、すばやく対処できなかった反省の意を込めた『うかつあやまり』というのもあり、自分を戒めたりしたそうです。食べてただ身体を肥やすのではなく、心を豊かにするしぐさを『お心肥(おしんこやし)』と言ったそうです。
元来、『商人しぐさ』『繁盛しぐさ』として商人道の奥儀であったことから、近頃ビジネスの世界でも取り入れられているそうです。
昨年、歌舞伎座が新しくなり、歌舞伎役者さんが銀座を練り歩く『世紀のお練り』をテレビで拝見しました。銀座はあいにくの雨。沿道には傘を持ったたくさんのファン。しかし、パレードが始まると沿道の観衆の前列は傘を閉じている。その美しい光景を見て、そうだ、これぞ江戸しぐさ!と思いました。
これは、『傘かしげ』や『肩引き』などに通じる往来しぐさ。
実際には、前列の方に傘を閉じてもらうようアナウンスが流れたのでしょう。それでも、ルールに背くことなく、品よく立ち居振る舞った観衆には美しさを感じました。
また練り歩く役者さんも傘を閉じられる方もいらっしゃいました。傘を持っているにもかかわらず・・・。役者さんが傘をささないことで、誰かが濡れないで済むのなら、合理的でしょう。しかし、これでは自分もファンも双方濡れてしまいます。一見、無意味な、馬鹿げた行為に見えるかもしれません。しかし、日本人の多くは理解します。役者さんが沿道の観衆の感情に寄り添って起こした情からの行いであることを。
ここには『武士道』に見る礼儀を感じます。他人のことを気遣う深い感情が動作に表れたものです。
結局、武士道も江戸しぐさも他人への思いやりの上に成り立っているのがわかります。
江戸しぐさは漢字で表すと仕草ではなく思草と書くそうです。表れた動作にはより深い思いがある、そんなニュアンスを感じませんか?
さて、こうした美しい立ち居振る舞い、江戸しぐさや武士道、これからどのように育んでいけばよいのでしょうか?
昔、子どもたちが江戸しぐさを学ぶには、『銭湯』がうってつけだと言われていたそうです。履物の脱ぎ方から衣服のまとめ方、風呂場での行儀、顔見知りの人への挨拶、公共のものを大切に使うこと、さまざまなことが要求されます。身近な大人をお手本に徐々に躾けられてきました。
しかし、現代はどうしていけばよいのでしょうか? 銭湯どころか、家族そろっての食事もままならぬ状態です。
最近はプライバシー重視で、個人の権利ばかりが主張される世の中です。
「世間さまに申し訳たたねー。」そんな江戸っ子のフレーズは、現代の若者にどこまで理解出来るのでしょうか?
個を尊重する自由の国アメリカではどうだったでしょう。
私が知るかぎり、ここにも見習うべきマナーはたくさんありました。
ドアを通り抜ける時、自分が通った後でも開けて待っていてくれたり、たくさん荷物を持っていたらすぐ手を貸してくれる、レディーファーストはさりげなく、洗練された身のこなしです。
プレゼントをその場で開け、大きなアクションで喜んでくれるところも、乗り合せたエレベーターで挨拶を欠かさないところも、幼児をけっして一人で留守番させたり車で待たせたりしないところも、ハグも握手もとても素敵な習慣です。
現代の私たちは国際マナーも身につけて、他国のマナーも受け入れていく必要があります。
そこには、江戸しぐさだけでは通らないものもありそうです。残念ながら日本人には常識であっても世界には通用しないことも多々あるのです。
では、手っ取り早く、『プロトコール(国際儀礼)』だけを学べばよいのでしょうか?
なんだか、それだけでは血の通わぬマナーが記されたルールブックのような気がします。日本人の美徳を伝えることが出来なさそうで、それも寂しいことです。
ほんとうに欲張りなことですが、私たち日本人は大和魂のもと培ったしぐさを持ち続けた上で、国際儀礼を学んでいきたいです。
ここには世界が感銘を受けた武士道があり、尊いお辞儀文化があり、謙虚で美しい和のしぐさがあるのですから。
まずは日本人の美徳がつまった和のしぐさをを身につけること。そしてその上で、プロトコールを知識として持っておくこと。そこからが国際人としての美しい立ち居振る舞いにつながると思うのです。
ブラジルワールドカップ、日本対コートジボワール戦、残念ながら負けてしまいましたが、ここでの日本人サポーターのマナーが称賛されているという嬉しいニュースが入ってきました。
逆転負けの悔しい試合結果に、八つ当たりしたり散らかすのではなく、自分が応援したエリアのゴミを拾いスタジアムを掃除している画像がネット上にシェアされ、多くのコメントが寄せられています。
なんて美しい立ち居振る舞い!今もなお、『江戸しぐさ』や『武士道』がすたる事なく息づいていることを確信出来ました。日本人の幹である大和魂。それを持って国際人として美しく振る舞う尊さを象徴した誇らしいエピソードであります。このサポーターたちは、日頃から心の幹をしっかりトレーニングしてきた美しい立ち居振る舞いの、まさしく日本代表であります。
参考図書
『暮らしうるおう江戸しぐさ』 越川禮子 朝日新聞社
『「江戸しぐさ」完全理解』 越川禮子・林田明大 三五館
『身につけよう!江戸しぐさ』 越川禮子 KKロングセラーズ
『図解 武士道がよくわかる本』 新渡戸稲造 PHP研究所(訳)
『国際マナーのルールブック』 杉田明子 ダイヤモンド社
鈴木 麻奈美 【日本舞踊藤間流名取・NOSSインストラクター】
記事テーマ
グローバル時代において、和の精神、和の文化を持つことは、これから世界で活躍されるであろうお子さまたちの心のよりどころとなるでしょう。3年半のアメリカ暮らしで気付いた和の魅力、日々の暮らしの中にある和の素敵をお伝えしていきます。あなたの気付きとなりますように。お子さまたちの和のスマイルを育む毎日につながりますように。