ズーノーシス(人獣共通感染症)とは、脊椎動物と人との間に自然に感染する病気のことで、
毒をもった動物による咬傷や刺傷は除外されます。
世界保健機構(WHO)では約160種のズーノーシスを認定しており、
日本に存在する、または海外から入ってくる危険性のあるズーノーシスは約100種で、
そのうちペットに関連するものは約20種です。
現在、風疹が流行しており、妊娠初期の女性が感染すると、胎児の目や耳、心臓などに障害が出る「先天性風疹症候群」のおそれがあるため、予防が呼びかけられています。
ズーノーシスにも、同じような病気があります。それがトキソプラズマです。
トキソプラズマは人の細胞より小さな原虫で、母子感染以外には人の口や目から侵入します。
そのトキソプラズマはどこにいるかというと、猫の体内、その糞便中、庭や畑や公園の砂場(トキソプラズマを含んだ猫の糞で汚染されている可能性がある)や、生肉(生ハムやサラミを含む)です。
人間がトキソプラズマに感染した場合、生涯にわたって体内に虫体が残存します。
しかし、感染していても大半は無症状です。
日本人成人の約10%は感染しているとする調査報告がありますし、国によっては成人の半分以上が感染しているところもあります。
食肉処理従事者やペット飼育者のトキソプラズマ感染はさらに多いです。(※1)
このようにトキソプラズマに感染することは決して珍しいことではありません。
しかし、妊娠中にはじめて感染した場合には、死産や早産したり、胎児が障害を受けたりする危険性があります。
したがって妊娠前に既に感染していた女性が新たに妊娠しても心配する必要はありません。
要するに妊娠前にトキソプラズマに感染したことのない女性が、運悪く妊娠中に初めて感染した場合のみこの病気が問題になります。
東京と千葉の病院における妊娠中の初感染例に関する調査では、東京の0%に対して、千葉では0.02%が妊娠中に抗体が陽性に転じています。2)
一方、北海道における妊婦のスクリーニング検査では妊娠時初感染は0.6%で、
全国統計に外挿入すると、年間6600人が母体初感染のリスクにさらされているとの推察もあります。3)
出典(※1)トーチの会
(※2)布施養善、多田 裕、間崎和夫ほか、日本新生児学会雑誌、37、479-485、2001
(※3)山田秀人、産婦人科治療96(増刊)、459-466、2008
上述のように、妊娠前からトキソプラズマに感染していることがわかったら、それ以上心配する必要はなくなりますので、動物と触れ合う上でのごく基本的なこと(口移しで餌を与えない、
動物に触ったら手を洗うなど)を守って、安心して愛猫との生活を楽しむことができます。
トキソプラズマに感染したことがない妊婦さんにとっても、すべての猫が危険なわけではありません。
猫の糞の中にトキソプラズマを排出するのは原則として猫がトキソプラズマに初めて感染したときだけです。
この場合は感染の3~24日後に虫体の排泄が始まり10日程度にわたって排出が続きます。
その後、再び虫体を排出することは通常ありません。
ですから既にトキソプラズマに感染し、虫体の排出を終えた猫については基本的に安全なわけです。
逆に言うと、危険なのはトキソプラズマにまだ感染していない猫ということになります。
このような猫はいつトキソプラズマに感染し、虫体を排出し始めるか予想がつきません。
それは今日かもしれないし、明日かもしれないのです。
では、どのくらいの猫が、トキソプラズマに感染しているのでしょうか?
沢山の報告がありますが、猫のトキソプラズマ抗体保有率は90年代以降は10%前後で安定しています。(※4)
飼い主が決まっている猫とそうでない猫(収容猫や地域猫)との間に大きな差はありませんが、屋内外自由の飼育猫はそうでない猫に比べて抗体保有率が高い傾向があります。
したがって、妊娠を考えている女性あるいは妊婦さんは、動物病院で愛猫のトキソプラズマ抗体を検査してもらい、陰性であれば、
愛猫に生肉を与えたり、外に出したりしないほうがいいでしょう。
出典(※4)佐伯英治、Clinic Note、55、34-39、2010
トキソプラズマの主な感染源は以下のとおりです。
①猫から直接的にトキソプラズマを摂り込む
②土壌や砂あるいは生水や洗浄不十分の野菜や果物からのトキソプラズマ摂取
③生肉からのトキソプラズマ摂取
したがって、猫以外には土いじり後は手を洗う、野生の植物はよく洗浄する、生水は飲まない、生肉を食べないことで、
感染のリスクを減らすことができます。
猫を飼っている第一子妊娠中の妊婦さんや、第二子妊娠中で上の子の公園遊びに付き合うお母さんの不安が払拭されたでしょうか。
ズーノーシスについて参照サイト
厚生労働省:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou18/
(※1)トーチの会 http://toxo-cmv.org/toxo.html
小田 寿美子 【獣医師】
記事テーマ
犬猫をはじめ、うさぎやハムスター、小鳥など、家族の一員として、また子どもの情操教育のために、ペットは日本の家庭にも欠かせない存在になってきています。ペットのいる暮らしに関するさまざまな疑問、メリットやデメリットについて、専門的な立場から連載していきます。ペットの問題行動カウンセラーとしても活躍する、筆者ならではの多彩な視点から述べます。