赤ちゃんが泣くと、「どうしたの?お腹すいたの?おむつかな?」などとママが赤ちゃんの気持ちを想像しながら理解しようとします。
けれど子どもが言葉を話し始めると、ついつい、大人は言葉どおりに受け取って理解しようとしてしまいます。
でも、本当に言いたいことが、すんなりそのまま言葉になっていないことも多いのです。
「さっきはこう言ったのに、違ったの?いったいどっち!」と振り回されてしまうことはありませんか?
「だってあなたがそう言ったんでしょ!」とケンカになることありませんか?
その時思いついたまま、誰かの使った言葉そのまま、話し出した子どもの話を「事実」や「結論」だと早々に決めてしまわないことが大切です。
「AはBなんだよ」と子どもが言っても「AはB」とは限らない。
嘘をついてるわけでも、適当にしゃべっているわけでもないのです。口に出し始めて、もっとぴったりした言葉にたどりつくまで受け止めてもらえると、だんだんぴったりしてくる、ということがよくあります。
「あらAはBなの?」「う~ん、Cかもしんない」「あ、Cかもしれないんだね」「うん。BかCだよ」「そうか、BかCなんだね」「うん」
こんなやりとりの先に、自分の気持ちや意思とぴったりあった言葉をみつけていくプロセス。ここに寄り添ってあげると、いま、ぴったりとココロに合った言葉だ!という瞬間に出会えることが増えてきます。これが思考力や表現力の土台を作るのではないでしょうか。
「いま、まだこの言葉は、ココロとぴったり一致してないかもしれない」ということをわかっておくだけで、振り回されずに本当にその子が本当に言いたかったことまでたどりつけるかもしれません。
実はこれ、大きい子どもでも、大人でも、同じことなんですよ。
今日は、10歳のうちの娘とのやりとりを例にお話しします。
ある朝、娘は起きるのがつらそうでした。
何度か声をかけて、ようやくいつもより20分ほど遅くに起きてきて、だるそうにダイニングテーブルにつきました。
「今日はママ、あなたより早く出るからね。もう遅くなったから食事につきあえないわ、自分でパン焼いて食べてね」
と言い残して、私は隣室の自分の部屋で支度を始めました。
すると、冷蔵庫をあけた娘が台所から叫びました。
「ピーナツバターがない!昨日買ってきてって言ったのに」
あ、そうだった!私は台所に戻って謝りました。
「あ!忘れた!ごめん、シュガートーストにする?スライスチーズもあるよ」
忘れたことよりも私は早く食事を済ませてほしいので次々と代案を出します。
娘はそれが気に入らない。
「もう食べない。いらない。なんにもいらない!」
娘はテーブルにつっぷして、ふてくされてしまいました。
イラっとした私の頭をよぎった台詞は
「つべこべ言わずにさっさとなんでもいいから食べなさい!だいたいあんたが起きるのが遅いから…」でしたが、怒鳴っても娘のせいにしても状況はよくならないと気づいてぐっとこらえました。
代わりに、こう言って私は部屋に戻りました。
「そうか、もうなんにもいらない気分になっちゃったんだね。食べないなら次は着替えだね。もう7時半だから」
鏡に向かって自分の支度をしながら、娘の視点で、娘の気持ちで、朝からの顛末をビデオテープのように脳内で巻き戻してみました。
娘の心の声(想像)「眠いよ~、だるいよ~、寒いよ~。やっと起き上がってテーブルについたらもうこんな時間。急ぐのやだなあ。パワーでないよ。せめて大好きなピーナツバター…あれ?ないの??も~!!昨日買ってってちゃんと言ったのに!ママはなんだかバタバタしているし、もうぜんぶやだ。」
娘の気持ちを想像しながら朝の一幕を思い出すと、私の気持ちは、急に落ち着きました。
「そうだよねえ。そりゃ全部やんなっちゃうよね」
とすとんと共感できたのです。
そこから、私自身がいまどうしたいかを考えました。
朝ごはんはちゃんと食べて欲しいけど、1食くらい抜いても倒れない体力はありそうだし、給食までにお腹がすく体験をすれば本人が朝ごはんだけは食べよう、と学ぶかもしれない。
私は遅れずに仕事に行きたい。
娘にも、遅刻せずに学校に行って欲しい。朝寝起きの気分が悪かっただけで、今日1日は楽しく過ごしてほしい。
自分の望んでいることがはっきりしたら、明るい気持ちになりました。
思い通りにさっさと支度をしない娘へのイラ立ちはすっかり消えていました。
私は支度を終えて、出がけにテーブルにいた娘のところへ行って、髪をくしゃくしゃとしました。
だるい日は誰にでもあるよ。それでもがんばれるね。…同志のような気持ち。
あなたのこと信頼しているし、応援してるよ。今朝はママがかまってくれないのもつまんないね。でもあなたにちゃんと関心を持っているよ。かわいい子ちゃん、愛しているよ。そんな気持ちで。
実際に口から出た言葉は、
「ママはもう行くね。間に合うように支度できるよね」
だけでしたけど。
でも、きっと共感も信頼も愛も伝わったのだと思います。私の手からも、目からも、メッセージがまっすぐ届いた実感がありました。
娘の顔がそれまでのすねた顔でなく、穏やかになり玄関まで見送りに来てくれました。
「帰りは何時?ピーナツバター買ってきてくれる?」
「今日は7時頃かな。ピーナツバター買うよ。・・・あ、ママ今は買う気あるんだけど、帰りにはまた忘れてるかもしれないから、夕方メールちょうだい!」
「うん、メールする。7時ね!」
しっかりした返事が帰ってきました。きっとこの後は淡々と支度をして学校へ行けるでしょう。
「大丈夫かな?遅刻しないかな?」などという心残りなく、私はあたたかい気持ちで職場に向かうことができました。
娘の欲しかったピーナツバターの中身は、関心や配慮、ケア、尊重、ゆとり…そういったものなんですよね。
これを、言葉どおり「ピーナツバター」だととらえてしまうと「贅沢言わないで、あるもので食べなさい!」となります。
「なんにもいらない、もう食べない」という言葉についても、
「すごくがっかりして、悲しい気持ちだ」ということを表現してるだけで、おなかはちゃんとすいているかもしれません。
「じゃあ食べなくていい!!」とパンを取り上げたりすると、泣くかバトルになるかです。(こんな日もしょっちゅうあります)
「朝ごはんがどれだけ大事か」という説教をしても、的外れです。ただ単に「悲しい」ってことをもて余してるだけなのですから。
やっても言ってもしょうがないことをうちも散々やってきました。でも、ブライト・リスニングで子どもの話を聴くようになったら違う方法も取れることがわかったのです。
相手の視点で、相手の物語を感じようとすることができたときには、不思議と腹立たしさが消えているのです。ああ、そうか、そうだよね、と共感して、ココロの声を聴いて、望んでいるものの本質を探す。相手にも、自分にも、望んでいることがあり、二人の間にも望んでいる関係性がある。
共感して「あげる」のでも共感「すべき」でもなくて、共感したい、理解したい。そのほうがお互いにラクで気持ちがいいんです。
とはいえ、反射的に言い返す相手を攻撃する古い習慣も、まだまだ残っていますけどね!
修行しながら、想像力と共感力を養っているところです。本当に望んでいることをベースにしたコミュニケーションが習慣になる日まで。
みなさんも、子どもの言葉にイラっときた時には「言葉はココロと一致してないかもしれない」ということを思い出してみてくださいね。望んでいることを、宝さがしのようにさがすのは、楽しいですよ!
ココロの声を聴く、聴き方。
「ブライト・リスニング」の体験会を毎月行っています。
初回無料の20分リスニング(聴いてもらう)セッションも受付中。話を聴いてもらうことの心地よさを、実感してください。とくに「これ以上子どもの話につきあえない!」という時には、あなた自身が誰かに気持ちを受け止めてもらう必要があるのです。無理に頑張らないでくださいね。
詳しくはHPからどうぞ!
http://www.tangerine-labo.com/
ブライト・コミュニケーションの実践をブログにも書いています。
連れ子2人と夫とのドタバタ再婚生活や日々のごはんなどもつづっています。のぞいてみてくださいね!
ブログ
http://ameblo.jp/lychee-tangerine/
成長を続ける女性のためのコミュニティ【こぶたラボ】では
子連れで参加できる企画をいろいろ開催しています。
合言葉は、人生をおいしく・楽しく・美しく♪
高橋 ライチ 【コミュニケーション・カウンセラー】
記事テーマ
子どもたちには、幸せになって欲しい!ママたちの共通の願いですね。豊かなココロを育て、人とつながる「コミュニケーション力」を育み、社会へ送り出しましょう。ブライト・コミュニケーションを実践していくと、ママの人間関係もぐっとラクに楽しくなりますよ。